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銭湯は表現の場だ(2/3)怒号飛び交う再開初日

【この記事は、株式会社ポッセ・ニッポン代表の堀江が、一般社団法人公開経営指導協会の会報誌に掲載した連載を再編集したものです。小さくても、特色ある中小企業の姿をご紹介します。前の回はこちら「銭湯は表現の場だ(1)--ニコニコ温泉株式会社」】


 ニコニコ温泉株式会社が銭湯の経営代行を行うにあたり、引き継ぎの際にマニュアルが示されることはまずない。嫌がらせを受けている訳ではもちろんなく、たいていの銭湯が夫婦だけで長年経営してきたことを考えれば、きちんと文書化されたマニュアルの存在など期待できない。よって、ほぼ引継ぎゼロの状態で運営に入ることが多い。長年の経験に頼った運営のしかたについて、高齢者から聞き出すのは容易ではないからだ。


 何十年もの歴史の流れで少しずつ修繕されてきたために、配電盤は「複雑怪奇」(真神社長)だが電気系統図は無い。全くの手探りから始まる。

 東京浴場の場合、ボイラーがかなりの旧式で、掃除が行き届いていないとススが煙突につまり、建物全体を揺らす。初めのうちはそのことがわからず、「震度4くらい」(真神社長)の揺れを感じていた。このことが原因で、2020年7月にリニューアルオープンした初日にボイラーが止まってお湯が出なくなり、銭湯に怒号が飛び交うという修羅場も経験した。

 引き継ぎが皆無の状態からの銭湯運営だが、これまでに3件手がける中で経験を重ねてきた。真神社長の考えは、「一にも二にも黒字化。その姿勢があれば、業界に関係なく、古い業界であっても継続させることはできる」と考えている。銭湯にありがちな、赤字覚悟の家族経営スタイルは決して引き継がない。オーナーのこだわりはブレーキになるため、全面的に経営を任せてもらう進め方にしている。

銭湯で表現する、とは?


「銭湯には価値がいっぱい眠っている。経営を継続していく意義があるとすれば、そこに眠っている価値を引き出していくこと」(真神社長)。そこに、大企業でサラリーマン生活をするといった従来の働き方の固定観念から解放された自由な、しかし働き者の若者たちが集う。廃業した銭湯をキャンバスに、若い力と共に自由な働き方を表現している。ニコニコ温泉社が運営する銭湯を訪れると、さまざまな「表現」が銭湯にあふれているのが感じられるのだ。


 たとえば、銭湯につきもののペンキ画。真神社長は、お客様に飽きられないことのポイントとして、ペンキ画と銭湯の相性の良さに早い段階から着目した。ごく当たり前の組み合わせだが、この背景にはそろばん勘定があり、また、「表現する場」としての基本がここにある。

 利用者を楽しませるために浴槽を改修する場合は莫大な設備投資が必要になるが、ペンキ絵の場合は絵師が15万円程度で半日で描き上げてくれる。この予算なら、図柄を頻繁に変えることで利用者に楽しんでもらえる。

 同社が運営する富士見湯(東京都昭島市)の壁画は、白波が立つ中を鯨が跳ね、奥には富士山。手前には招き猫もいて、極彩色の縁起物が詰まっているような楽しさだ。頻繁にデザインを変えるつもりだったが、賑やかな図柄が好評を博しているため当面はこのままにしておくという。

 また、一般的な銭湯なら下駄箱のすぐ先で男湯と女湯に分かれるが、東京浴場(東京都品川区)は番台のすぐ後ろは広めの休憩スペースになっている。従業員が設計した、吹き抜けの上まで届く本棚にはマンガがずらりと並ぶ。フロアには丸椅子と小さなテーブル。番台では生ビールとおつまみ、ソフトクリームも買える。本棚作り付けの階段を登ると、半個室のスペースまである。


 取材とは別に、私も風呂を満喫するためにゴールデンウィークに訪れた。番台前の牛乳のロゴが入ったベンチに座って新聞を読み(各紙置いてある――中高年を意識したサービス!)ながら涼んでいると、男の子が番台にソフトクリームを買いに来た。

 若い女性スタッフがお金を受け取りながら、「ソフトクリーム、自分でやってみる?」と話しかけると、男の子はこくりと頷いた。「あ、私もやりたい!」。私も、年甲斐もなく(心で)返事をしてしまう。銭湯でありながら、駄菓子屋のような雰囲気が漂っている。

(つづきはこちら「銭湯は表現の場だ(3/3) 「表現」の担い手は20代」) (取材時期:2020年11月)